ヴェリタ行政書士事務所代表
原﨑 真実
行政書士
医療・介護・福祉でお役に立ちたい行政書士。医療法人で受付・クラークを経験。医療法人・歯科医院のサポートをしています。スタッフの一員になって想いを共にし、地域医療を支えていきたい行政書士です。二人の息子を持つ母であり、次男は医療的ケア児。 医業経営研鑽会正会員 日本医療法務学会正会員
「後継者がいない。職員を路頭に迷わせるわけにもいかないし、どうしたらいいんだろう……」
「経営がこの先ずっと続けられるか不安。でも、せっかくここまで築いたクリニックを簡単に手放すわけにはいかない」
――そんな悩みを抱える医療法人の理事長や開業医の方が、いま増えています。
少子高齢化の進行、医療ニーズの変化、そして慢性的な人材不足。こうした課題が積み重なった結果、「医療法人のM&A(譲渡・買収)」という選択肢が、現実的かつ前向きな経営戦略として注目されるようになりました。
本記事では、実際の医療法人M&Aの事例を取り上げながら、「なぜ売却に至ったのか」「どのようなスキームが選ばれたのか」「結果的にどのような未来を築けたのか」といった具体的なケースをご紹介します。
さらに、医療法人特有の法的・制度的な制約、注意すべき落とし穴、そして成功に導くためのポイントについて、行政書士の視点からわかりやすく解説します。
「まだ先の話」と思っている方こそ、この記事を一度読んでみてください。新しい選択肢が見えてくるかもしれません。
「そろそろ引退も考えているが、後を継いでくれる人がいない」
「自分の代で閉じるしかないのかもしれない」
そんな声が、医療法人の現場で少しずつ現実のものとなっています。
かつてM&Aは、大病院やグループ経営の医療機関に限られた選択肢だと考えられてきました。ですが最近では、地域密着型の中小クリニックでも、事業の承継や統合手段としてM&Aを選ぶケースが確実に増えています。
その背景には、以下のような要因があります。
後継者不在:子や親族が医業を継がず、外部承継のニーズが高まっている
経営環境の悪化:人材不足や診療報酬改定、物価上昇などが収益を圧迫
地域医療の責任感:患者や職員を守るために「閉じる」以外の選択を模索
こうした現実のなかで、「誰かに引き継ぐ」という判断が、現実的で前向きな経営戦略として選ばれるようになっています。
ただし、医療法人のM&Aは、一般企業のそれとは違い、制度的な制約が多く存在します。
特にスキームの選択には、法人の形態や出資構造、都道府県の認可要件などが深く関係します。
代表的なスキームには次のようなものがあります。
出資持分譲渡:持分のある医療法人で、出資を第三者に譲渡することで経営権を移転
事業譲渡:法人格は維持しつつ、クリニックの運営のみを別法人に引き継ぐ
合併:複数の医療法人を統合し、ひとつの法人に再編する
どのスキームが最適かは法人の状況により異なり、慎重な選択が求められます。
誤った進め方は後戻りできないリスクもあるため、専門家の関与は必須です。
M&Aの是非を左右するのは、法制度や手続き以上に、経営者の想いであることが少なくありません。
多くの理事長がM&Aを選ぶ理由には、以下のような気持ちが共通しています。
「患者さんの診療を絶やしたくない」
「職員の雇用を守りたい」
「長年築いてきた信頼を誰かに引き継いでほしい」
医療法人のM&Aは、単なる「事業の終わり」ではなく、想いと責任を未来につなぐ“新たな入口”でもあるのです。
次章では、こうした想いがどのように実際のM&Aに結びついたのか、事例をもとに詳しくご紹介していきます。
東京都内で50年間続いていた小児科クリニック。院長はお父様から院を引き継いだ2代目の先生でした。
そしてご自身の体力的な限界と今後の診療継続に不安を感じていました。家族は医師ではなく、親族への事業承継も現実的ではない状況。とはいえ、長年通ってくれている患者やスタッフの存在を考えると、「自分の代で閉院する」という選択には踏み切れませんでした。
相談の末、同じ区内でクリニックを運営する後輩小児科医の医療法人とのM&Aが実現。出資持分譲渡による法人ごとの承継となり、院長先生も並走する形で診療を続け、新院長となる先生が1年後にクリニックを引き継ぎました。
並走期間中に手続き面も整備でき、旧スタッフもほぼ全員が継続雇用され、地域医療体制への影響も最小限に抑えられました。
同じ小児科医として想いを受け継ぎ、地域の患者さんやクリニックのスタッフとの関係を築いていかれた新院長。歴史と想いを紡ぐバトンタッチがとてもうまくいった事例です。
埼玉県で2代にわたって運営されてきた歯科クリニック。技術力と地域密着の姿勢で患者数は安定していたものの、設備の老朽化と経営者の高齢化が課題でした。
そんな中、法人化に合わせて事業譲渡によるM&Aを決断。
引き継いだのは、首都圏で複数の歯科医院を運営する医療法人。
承継後は、診療体制や予約管理システムが刷新され、より効率的な運営が実現。
院長は勤務医として継続し、これまでの患者とも信頼関係を保ったまま、新たな運営体制へと移行できました。
関西圏で単独運営されていた訪問看護ステーション。
サービスの質には定評がありましたが、経営管理やスタッフ採用の負担が経営者1人に偏っており、将来への不安を抱えていました。
相談の結果、同業種の医療法人との合併という形でM&Aを実行。
法人間で理念やサービス水準の共通点が多かったこともあり、スムーズな統合が実現しました。
人材採用や教育も法人本部の支援を受けられるようになり、サービス提供エリアも拡大。単独では難しかった成長が、法人間連携によって可能になりました。
参照:訪問看護ステーションのM&Aと事例|メディカルM&Aナビ
医療法人のM&Aは、単に譲渡金額やスキームを整えるだけでは成功しません。
これまでご紹介した事例からもわかるように、「どんな想いを、誰に、どう託すか」という人間的な側面が、結果を大きく左右します。
ここでは、実際に成功しているケースに共通する「5つのポイント」をご紹介します。
M&Aにおいてまず重要になるのは、自法人に適したスキームを早期に見極めることです。
医療法人はその性質上、出資持分の有無や設立形態、都道府県ごとの認可基準によって、進め方が大きく異なります。
スキーム選定を誤ると、あとから巻き戻すことができず、時間や費用のロスにもつながります。
そのため、早い段階で行政書士などの専門家に相談し、法的なリスクを可視化することが不可欠です。
M&Aは金銭的な取引であると同時に、理念や信頼のバトンタッチでもあります。
成功事例では、売り手と買い手の価値観に共通点があり、「この方なら任せられる」と感じられたことが、交渉の円滑化につながっています。
逆に、条件だけで相手を選ぶと、職員の退職や患者離れといった“ソフト面の摩擦”が起きやすくなります。
「誰に引き継ぐか」という視点を大切にすることで、譲渡後の安定にもつながるのです。
医療現場においては、職員と患者の存在が何よりも重要です。
M&Aの進行を隠したままでは、不安や混乱が生じやすく、離職や通院中断のリスクが高まります。
実際の成功例では、一定の段階で内部説明会を開く、代表者が自ら一人ずつ声をかけるなど、人を大切にした丁寧な共有プロセスが見られました。
買い手に対しては、診療実績や患者層、スタッフ構成、課題点などを包み隠さず伝えることが、信頼構築の第一歩となります。
とくに医療法人の場合は、個人の技術や人間関係が運営の基盤になっていることも多いため、数字以上に“現場の空気”をどう伝えるかが重要です。
自法人を正確に見つめ、誠実に開示することが、円滑な交渉と良いマッチングにつながります。
“関係者の納得”があってこそ、M&Aは真の意味で成功すると言えます。
M&Aには、行政手続き・法務・税務・労務など、幅広い知識と対応力が求められます。
個人の力だけで進めるのは極めて困難です。
実例でも、行政書士・税理士・M&A仲介会社など、各分野のプロと早期に連携した案件は、総じて準備が丁寧でスムーズに進行していました。
「この人に任せてよかった」と思える専門家とタッグを組むことが、最終的な満足度を高めます。
医療法人のM&Aという言葉には、少し大げさな響きがあるかもしれません。
ですが近年では、医療現場を支えてきた先生方が、これまで築いてきた信頼と診療を次の担い手へと穏やかに引き継ぐための手段として、M&Aを検討される機会が増えています。
後継者がいない。経営に不安がある。体力的にこれからも続けられるか分からない。
そうした状況のなかでも、「通ってくださる患者さんのために」「支えてくれる職員のために」、何とかクリニックのかたちを残したいと願う方は少なくありません。
医療法人のM&Aは、そうした想いに応える選択肢のひとつです。
もちろん、法人の形態や方針によって進め方は異なりますし、必要な準備や配慮もあります。だからこそ、まずは信頼できる専門家とともに、ご自身の状況に合ったかたちを丁寧に検討することが大切です。
本記事でご紹介した事例が、その一助となれば幸いです。